膝蓋骨脱臼の治療と手術方法
(内側膝蓋大腿靭帯再建術)について
1.膝蓋骨脱臼とは
膝蓋骨脱臼とは膝関節からお皿(膝蓋骨)が外れることにより生じます.そのほとんどが外側に外れる(脱臼)とされています.
膝蓋骨脱臼が生じるには様々なパターンがあります.正常な膝関節に外からの外力が加わって生じることは少ないとされており,ほとんどの症例ではすでに外れやすい状態であった膝蓋骨に軽度な力が加わって脱臼することが多いです.または先天的に骨や軟部組織の形態異常があり,常に抜けやすい場合もあります.

膝蓋骨脱臼は大きく分けて以下のように分類されます.
①恒久性膝蓋骨脱臼:膝の曲げ伸ばしに関わらず常に膝蓋骨が脱臼している状態.
②習慣性膝蓋骨脱臼:外傷はなく膝を伸ばしたままでは脱臼しないが,曲げると脱臼する状態.
③反復性膝蓋骨脱臼:脱臼素因がもともとあり外傷を契機に繰り返し脱臼する状態.
④外傷性膝蓋骨脱臼:脱臼素因がなく,コンタクトスポーツなどの直達外力による外傷により脱臼した状態.
⑤膝蓋骨亜脱臼:脱臼する素因は持っているが,脱臼歴はなく脱臼しかかっている状態
当院で多く見られるものは主に ③の反復性膝蓋骨脱臼になります.このHPでは主に反復性膝蓋骨脱臼について記載いたします.
④の外傷性膝蓋骨脱臼は外来診療において膝外傷の3%程度の割合で見られるとされています.この頻度は年間で10万人たり約6人,中高生の年代に限定すると10万人当たり約30人と若い人に多く見られる疾患です.また女性に多く発生するとも言われています.主にスポーツ活動中に発生し,ダンスなど捻じる動作やコンタクトスポーツなどでは注意が必要です.
2.膝蓋骨脱臼の症状について
膝蓋骨脱臼の症状として運動時など膝を捻じったときに痛みを生じたり,膝が”ガクッ”となり力が入りにくいといった症状がみられます.
明らかに膝蓋骨が脱臼した場合には,視覚的にもお皿が外れているのがわかります.多くの場合は脱臼は自然に戻ることが多いため,そのまま放置されることも多いです.このような症状があった場合には脱臼の原因を把握しておくためにも一度受診をすることをおすすめします.
外傷性の膝蓋骨脱臼では内側膝蓋大腿靭帯などの断裂があるため,膝の腫れや痛みが生じ歩行が困難になることもあります.
3.膝蓋骨脱臼の原因について
膝蓋骨脱臼の原因として正常な膝関節に外力が加わって脱臼することは少ないとされ,そのほとんどは脱臼の原因をもっており脱臼になりやすい状態になっていると言われています.
脱臼の原因として代表的なものは①靭帯や関節包などの軟部組織の異常,②骨の形態・位置の異常などがあります.
①軟部組織の異常
1)全身の関節が緩い
2)膝蓋骨が異常に動く
3)膝蓋骨外側の靭帯や関節包の硬さ
4)膝蓋骨内側の靭帯や関節包の緩さ
5)内側広筋(太ももの内側の筋肉)の機能低下
6)膝蓋腱付着部の外方変位(下記の脛骨粗面の外方変位と関連がある)
②骨の形態・位置の異常
1)大腿骨の捻じれ(内捻),脛骨の捻じれ(外捻)
2)大腿骨内顆の形成不全
3)大腿骨膝蓋面のくぼみ減少
4)X脚(外反膝)
5)膝蓋骨の位置が高い
6)膝蓋骨の形態異常
7)脛骨粗面の外側変位
全身の関節が緩いということは靭帯や関節包などの制動も緩いため膝蓋骨が異常に動いたり,大腿骨と脛骨の間でのアライメント不良を起こしやすくなります.特にX脚(外反膝)は脱臼を起こしやすい不良アライメントとされており,膝蓋骨が外側に変位しやすくなります.
X脚は大腿骨が内側に捻じれ,脛骨は外側に捻じれる特徴をもち,また外側広筋や腸脛靭帯など外側の筋肉を過度に使用するため膝蓋骨が外側に変位するのを助長します.反対に内側広筋は活動性が下がるため膝蓋骨を内側に制動する機能が低下します.そのため膝蓋骨の外側支帯などの靭帯は硬くなり,反対の内側支帯や内側膝蓋大腿靭帯(MPFL)などの靭帯は伸ばされて脱臼が起こりやすい状態になります.
外側広筋などの外側筋肉の過活動が状態が続くと大腿四頭筋の腱付着部は膝蓋骨の下の脛骨粗面に付着しているため脛骨粗面や膝蓋腱が外側に変位したりしてきます.
しかし,X脚に変形しているからと言って必ず脱臼するわけではなく膝蓋骨や大腿骨滑車の形態異常などが強く関与していると言われています.
その中でも膝蓋骨の外側への脱臼を制動している靭帯が内側膝蓋大腿靭帯(MPFL)であると言われています.そのためこの靭帯の機能不全は膝蓋骨脱臼を引き起こす重要な因子の一つになります.
MPFLは大腿骨内側顆と内転筋結節間から膝蓋骨内側縁に付着する靭帯です.線維は斜走繊維と横行線維の2つの線維層に分けられます.血液の供給は大腿動脈から分岐した下行膝動脈から供給されます.長さは約55mm,幅約25mm,厚さ約0.4mm,破断強度約200Nと言われています.

内側膝蓋大腿靭帯(MPFL):青色
膝蓋骨の内側制動を担っている靭帯はMPFLの他に内側膝蓋支帯,内側膝蓋脛骨靭帯,内側膝蓋半月靭帯などがあり,これらを順に切断した研究では,MPFLの切断前後で最も膝蓋骨の外側変位量が増加したと報告しています.
またその他の研究でもMPFLの膝蓋骨への貢献度を研究した報告では,膝関節伸展0°においてMPFLは72%の外側変位を制動しており,内側広筋よりも貢献度が高いとされています.(90°では52%)
このようにMPFLは静的制動要素(靭帯など)として最重要な靭帯とされています.
動的制動要素(筋・腱など)では特に内側広筋(Vastus medialis:VM)が重要だと言われています.内側広筋は大腿四頭筋の中で内側に位置する筋肉で内側から斜めに膝蓋骨に付着しています.その角度は約50°程度とされ,内側広筋斜走線維(vastus medialis obliquus:VMO)とも呼ばれています.
VMは前述のVMOとVML(内側広筋縦走線維:vastus medialis longus)の2つに線維群で構成されています.名前から分かるようにVMLの角度は約15°とやや縦方向に走行している筋肉になります.VMOは膝関節90°屈曲位では膝関節伸展の役割を果たしませんが,最終伸展域の15~0度において膝蓋骨を正中に誘導する役割を持っているとされています.
大腿四頭筋全体に対するVMの貢献度は10%程度とされVMOのみでは膝関節は伸展することができません.その為VMOの役割は膝蓋骨を中央に保持し,膝関節を安定させる役割を担っているとされています.
脱臼膝では内側広筋が膝蓋骨に付着する範囲が少ないことが報告されており,正常では膝蓋骨の長さに対して付着範囲は約45%程度されていますが,脱臼膝では25%以下とあったと報告されています.これは脱臼膝ではVMOの発達が乏しいことが原因である可能性があります.(下図参照)
VMOの機能低下は,膝蓋骨の外側変位及び脛骨の外側変位,外旋変位量が増加し,脱臼要因の一つにあり得ることがあります.
これらのことからMPFLは脱臼を防ぐためにも重要な組織の一つであり,手術をする場合には脱臼時に損傷したMPFLを再建することが第一選択になります.またリハビリテーションでは内側広筋の機能改善が重要なポイントになってきます.
正常はAC/ABが45%とされます.
脱臼膝では25%と低くVMの付着範囲が低いためVMOの機能不全に陥りやすいとされます.
Outerbridge RE, Dunlop JA. The problem of chondromalacia patellae. Clin Orthop Relat Res. 1975 Jul-Aug;(110):177-96.
