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膝前十字靭帯再建術後6ヵ月における
等尺性膝伸展筋力のカットオフ値
~多変量回帰モデルを用いた比較検討~

 

小坂 則之,高石 翔,濱田 彩,矢内原 成美,浅野 結子,上田 康裕,
別役 真菜,黒石 侑也,戸田 浩貴

 

川田整形外科 リハビリテーション部

キーワード:前十字靭帯,等尺性筋力,予測

高知県理学療法= The Kochi journal of physical therapy, 2017, 24: 37-44.

 

要 旨


 本研究は,再鏡視時の膝伸展筋力を見据えた6ヵ月の膝伸展筋力目標値を予測し,さらに単変量解析と多変量解析を用いてカットオフ値の予測精度を比較することを目的とした.

 

 対象は2012年6月から2015年5月に当院にてACL  解剖学的二重束再建術を施行した56名である.測定項目は術前TAS,術後6ヵ月・再鏡視時の膝伸展WBIを評価した.統計解析には2つの多重ロジスティック回帰分析を作成した.再鏡視時患側WBI100%を基準に2分類し,これらを従属変数とし,独立変数には,年齢,術前待機時間,6ヵ月患側WBI,術前TASを設定した.独立変数の選択にはAIC基準によるステップワイズ法及び強制投入法をそれぞれ採用した.これらのモデルを用いてROC曲線を分析しカットオフ値を算出した.またそれぞれのモデル式のイベント予測精度を比較するためにNRIとIDIを算出した.

 

 再鏡視時患側膝伸展WBIに影響する項目はAICモデルでは6ヵ月膝伸展WBIのみが有意に選択されオッズ比は1.25であった.強制投入モデルでは6ヶ月膝伸展WBI(オッズ比1.24,p<0.01),年齢(p=0.657),術前待機期間(p=0.997),術前TAS(p=0.657)であった.AIC選択群はカットオフ値81.00,強制投入群は回帰分析モデル上のカットオフ値0.539であった.NRI(continuous)はp=0.313, IDIはp=0.479であった.

 

 本研究の結果,以下の3点が示唆された.①6ヶ月の膝伸展WBIは再鏡視時の膝伸展WBIの予知因子である.②単変量解析と交絡因子を考慮した多変量解析の間でイベント予測精度に差があるとは言及できない.③6ヶ月の膝伸展WBIは81%が目標値となる.これらの結果から6ヵ月に明確な膝伸展筋力目標値を達成することで,1年後に良好な膝伸展筋力が獲得する可能性が示唆された.

はじめに

 前十靭帯再建術後の治療経過の判断指標として膝関節可動域1, 2)や膝関節筋力3-5),膝不安定性6, 7),パフォーマンステスト8-10)など様々な指標が用いられている.臨床上多く用いられる指標の一つとして膝伸展筋力が使用される11, 12).この膝伸展筋力は各動作開始時期や術後6ヵ月,12か月などの期間において目標筋力値がされており,その目標値に向けてリハビリテーションを行い,スポーツ復帰を目指している.またスポーツ復帰の際にもこれらの指標は復帰基準として使用されている3-5).


 膝伸展筋力の指標には体重比や患健比が主に用いられ,特に患健比での術後経過を報告した研究が散見される.再建術後6ヵ月における目標値は等速性膝伸展筋力体重比300%4),患健比75~90%4, 5, 11, 12)など施設によって基準とされる指標,基準値は異なり,当院では再建術後6ヵ月の目標値は体重支持指数13) (WBI;weight bearing index) 0.8(80%)を設定している.この時期よりジャンプ動作が開始になり,その動作に必要とされる筋力値がWBI 0.8とされているため,この報告をもとに目標値を設定している.

 

 我々は先行研究14)において6ヵ月の膝伸展筋力値が再鏡視時の膝伸展筋力値に大きな影響を与えることを報告しており,6ヵ月の膝伸展筋力は今後の筋力を左右する因子の一つであるため,この時期での筋力回復は必要不可欠であると考えている.しかし,具体的な膝伸展筋力数値の報告は前述したようにその期間における筋力目標値であり,予後を見据えた目標値を検討した先行研究は,我々が渉猟した範囲では見つかっていない.またカットオフ値を算出する場合に多くの場合,単変量解析を用いたROC曲線分析を行うことが多く,交絡因子を考慮できない問題を生じている.

 

 そこで今回,再鏡視時の膝伸展筋力を見据えた6ヵ月の膝伸展筋力目標値を予測できるか,多変量解析を用いたカットオフ値は予測精度が高いか,これらの臨床的疑問を解決するために,ACL患者56名に対する前向きコホート研究を企図した.

方 法

​1.対象

 対象は2012年6月から2015年5月の期間に当院にて同一術者によるACL解剖学的二重束再建術(半腱様筋腱使用)15)を施行した113名である.除外基準は高位脛骨骨切り術同時例,両側ACL再建例,再断裂例,経過追跡困難例とし,最終的な分析対象は56名56肢(男性26名,女性30名,左39肢,右17肢)とした前向きコホート研究を行った.対象の身体特性は年齢29.5±14.0歳(範囲13~63歳),身長165.7±7.7cm(範囲150~183cm),体重62.6±9.5kg(範囲43~90kg)であった.

 

 合併症は,外側半月板損傷27例,内側半月板損傷例8例,内・外側半月板損傷1名,内側副靭帯損傷及び内側半月板損傷合併2例であった.対象はACL再建術後1年を目安に脛骨側のDSP(Double Spike Plate)プレートの抜釘を行い,抜釘と同時に関節鏡で検査を実施した.本研究において個人情報の取り扱いには十分に留意して検討を行った.また対象者には書面を作成して研究目的及び内容を説明し,同意書を作成した.

2.調査・測定項目
 基礎的情報として診療録より年齢,性別,受傷から手術までの期間(以下,手術待機期間),ACL再建術から再鏡視・抜釘術までの期間(以下,再鏡視期間)を調査した.測定項目は術前Tegner Activity Score16)(以下,TAS), 術後6ヵ月・再鏡視時に等尺性膝伸展筋力を評価した.

1) TAS
 TASは,スポーツあるいは職業の身体活動の程度を0~10までの11段階のカテゴリーの中から現時点での身体活動性を選択することにより活動性を評価する指標である17).competitive sport,recreational sport,work,sick leave or disability pension because of knee problemsに分類される.対象者に術前に質問票を渡し,該当のカテゴリーを選択してもらった.

2) 等尺性膝伸展筋力
 等尺性膝伸展筋力の測定は,等尺性筋力測定機器(OG技研社製,アイソフォース GT-330)を使用した.センサーアタッチメントは脛骨遠位端に設置し,ベルトで固定した.膝屈曲角度60°にて健側及び患側をいずれも3回測定し ピーク平均値を採用した.測定した数値はNからkgfに単位換算し体重で除した体重支持指数13)及び患側を健側で除した患健比を算出し,百分率にて表示した.

3.統計解析
 統計解析は多変量解析を用いたReceiver Operating Characteristic(以下,ROC)曲線による分析を行うために多重ロジスティック回帰分析を作成した.再鏡視時患側膝伸展WBIが100%以上群(以下High群;1)と100%未満の群(以下Low群;0)に分類し,これらを従属変数に設定した.これらの分類には,健常スポーツ選手の指標18)を基準とした.また独立変数には,年齢,術前待機時間,6ヵ月患側膝伸展WBI,術前TASを設定した.独立変数の選択にはAkaike's Information Criterion(以下,AIC)基準によるステップワイズ法(AICモデル)及び強制投入法(強制投入モデル)を採用した.

 

 作成した両モデルの有意性の検定はχ2乗検定を使用し,回帰式の適合度にはhosmer-lemeshow検定を実施した.また多重共線性の確認には分散拡大要因(Variance Inflation Factor;VIF)を確認した.再鏡視時患側膝伸展WBI100%の有無を従属変数,AICモデルでは独立変数が有意に選択されたものを単変量解析の独立変数に用い,強制投入モデルでは求めた回帰式を用いてROC曲線を分析し,ROC曲線下面積(Area under the curve;以下,AUC)及び感度と特異度からカットオフ値を算出した.

 

 またそれぞれのモデル式のイベント予測精度を比較するためにNRI (net reclassification improvement)とIDI(integrated discrimination impro- vement) 19)を算出した.AUCはAUC=1で完璧な予測能,0.9<AUC<1で高い予測能, 0.7<AUC≦0.9で中等度の予測能, 0.5<AUC≦0.7で低い予測能, AUC=0.5で予測がないとされている20).統計解析にはR3.2.2,EZR 21) (freeware)を使用し,有意水準は5%とした.

結 果

 表1に対象者の身体特性,手術待機期間,再鏡視期間,術前TASを示す.TASは7以上のcompetitive sportが48名と全体の86%を占めていた.再鏡視時患側膝伸展WBIの群分けはHigh群が33名,Low群が23名であった.表2に6ヵ月・再鏡視時の患側・健側の等尺性膝伸展WBI・患健比を示す.表3,4に多重ロジスティック回帰分析の結果を示す.再鏡視時患側膝伸展WBIに影響する項目はAICモデルでは6ヵ月膝伸展WBIのみが有意に選択されオッズ比は1.25であった.また作成したχ2乗検定は有意であり, hosmer-lemeshow検定は2.81,p=0.94であり,回帰式の適合度は良好であった.判別的中率は89.3%と予測精度は高い結果となった.VIFは1.04~1.17であり,多重共線性に問題はなかった.

 
 強制投入モデルでは6ヶ月膝伸展WBI(オッズ比1.24,p<0.01),年齢(p=0.657),術前待機期間(p=0.997),術前TAS(p=0.657)であった.また作成したχ2乗検定は有意であり,hosmer-lemeshow検定は1.27,p=0.99であり,回帰式の適合度は良好であった.判別的中率は89.3%と予測精度は高い結果となった.VIFは1.04~1.17であり,多重共線性に問題はなかった.図1,2にROC曲線分析結果を示す.AICモデルのAUC 0.970,カットオフ値81.00,感度0.909特異度0.913,陽性的中率0.937,陰性的中率0.875であった.強制投入モデルはAUC 0.972,回帰分析モデル上のカットオフ値0.539,感度0.939特異度0.913,陽性的中率0.939,陰性的中率0.913であった.
表5にNRI,IDIの結果を示す.NRI(continuous):-0.264,p=0.313, IDI:0.008,p=0.479であり,2モデル間の有意差は認めなかった.

 


 

ACLR6カ月膝筋力
前十字靭帯再建術後の筋力の経過
前十字靭帯再建術の膝伸展筋力に影響を与える因子
前十字靭帯再建術の膝伸展筋力に影響を与える因子
6カ月膝伸展筋力のカットオフ値
6カ月膝伸展筋力のカットオフ値
6カ月膝伸展筋力のカットオフ値

考 察
 本研究結果において以下の3点が示された.①6ヶ月の膝伸展WBIは再鏡視時の膝伸展WBIの予知因子である.②単変量解析と交絡因子を考慮した多変量解析の間でイベント予測精度に差があるとは言及できない.③6ヶ月の膝伸展WBIは81%が目標値となる.
 ACL再建術後6ヶ月における目標値について吉倉ら5)はスポーツ復帰基準として,術後6ヶ月の60deg/secでの大腿四頭筋筋トルクの患健比を75%以上としており,松岡ら12)も同様に術後6ヶ月の60deg/secでの大腿四頭筋筋トルクの患健比75%以上をスポーツ復帰基準としている.中山ら11)は,術後6ヶ月時の下肢筋力の患健比が80%以上であることを指標としており,倉持ら4)は6ヶ月での等速性膝筋力測定の目標値を患健比90%以上,また角速度60deg/secにおける膝伸展筋力は体重比で300%以上としている.このように多くの目標値は等速性患健比で設定されることが多く,等尺性体重比での報告は見当たらない.

 

 当院では6ヵ月よりジャンプトレーニングが開始されることから,黄川らの報告13)を基にジャンプに必要とされる膝伸展WBI0. 8を6ヵ月膝伸展筋力目標値として設定している.これまで筋力の目標値は期間における達成値が設定されていることが多く,達成することにより今後どのような結果になるかを報告したものはみられない.我々は先行研究において重回帰分析を用い,再鏡視時の膝伸展WBIに6ヶ月膝伸展WBIが影響することを報告した14).これにより,6ヶ月に十分な筋力回復を獲得することが今後の予後を考慮する上で重要であることが示唆された.しかし,具体的な膝伸展筋力目標値を提言することはできなかった.

 

 そこで今回,過去の先行研究の中で報告されているACL再建術後の筋力回復に影響する因子される性別22, 23),年齢7, 22, 24),術前筋力25-27),術前待機期間28, 29),スポーツ活動レベル26, 27, 30)の中から,我々の先行研究14)で得られた交絡因子である年齢,術前待機時間,術前TASを採用して多変量モデルを作成しROC曲線の分析を行い,カットオフ値を算出した. 結果,AICモデル,強制投入モデルともに6ヶ月膝伸展WBIが有意に選択された.また両モデルとも回帰式の適合度は高く,予測精度も高かった.そこでこの2モデル間のイベント予測精度を比較するためにNRI.IDIを算出した結果,両モデル間で有意な差があるとは言及できない結果となり,両モデルとも高い予測精度であることが示唆された.

 

 AICモデル(単変量)の陽性的中率は94%,陰性的中率は88%,強制投入モデル(多変量)の陽性的中率は94%,陰性的中率は91%と両モデルとも高い予測精度であったことから,複雑な計算式を用いないAICモデルの指標が臨床上使い易いと考えられる.AICモデルのカットオフ値は81%と我々が現在6ヶ月の膝伸展WBI目標値に設定している0.8(80%)と近似しており,我々の目標値は妥当であったと考えられる.


 本研究結果から6ヶ月の膝伸展WBIが81%を超えることで約1年後の再鏡視時において膝伸展WBIが100%を超えることが94%の確率で可能になり,本格的なスポーツ復帰時期を迎える時に良好な筋力回復を得られることが可能になると考えられる.これまでの期間における目標値ではなく,予後を見据えた筋力目標値を設定することにより,計画的なリハビリテーションを実施することが可能になると考えられる.


 本研究の限界として,近年多くみられている6ヶ月での早期スポーツ復帰をする場合には本研究での目標値設定は不十分であるため満足なパフォーマンスを得られることができない可能性がある.また再鏡視時の筋力をスポーツ障害予防に必要とされる膝伸展WBI1.3(130%)13)ではなく膝伸展WBI1.0(100%)を境に判断しているため,筋力回復がどの程度のパフォーマンス及びスポーツ復帰,再断裂予防に関わるか言及できないため,これらを含めた検討が今後の研究課題である.


 今回,多重ロジスティック回帰分析を用い再鏡視時の膝伸展筋力を見据えた6ヵ月の膝伸展筋力目標値を予測できるか,多変量解析を用いたカットオフ値は予測精度が高いか,という2つの臨床的疑問を明らかにすることを目的とし研究を行った.

 

 結果,以下の3点が示唆された. ①6ヶ月の膝伸展WBIは再鏡視時の膝伸展WBIの予知因子である.②単変量解析と交絡因子を考慮した多変量解析の間でイベント予測精度に差があるとは言及できない.③6ヶ月の膝伸展WBIは81%が目標値となる.これらの結果から6ヵ月に明確な膝伸展筋力目標値を提示し達成することで,1年後に良好な膝伸展筋力が獲得する可能性が示唆された.

 

文 献

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